高田義裕の人生論

今日の箴言

人間は、神を愛すると言う気持ち、すなわち、無私の気持ちがなければ、少しも生きてはいけない生き物なのである。何故なら、あなたは、自分の親から、無私の気持ちである愛情をことごとく注がれたお陰で、あなたは今まで生きて来れたのである。また、あなたが親になった今、自分の子に対して、無私の気持ちを持って愛情を注いでいるのではないか。神と言う存在は、私達には見えない存在である。よって、誰も見ていない所で、悪い事をする事は、神を愛していない。何故なら、あなたには見えない神があなたの行動を密かに見ておられるからである。あなたは、神を愛していないのは、誰も見ていなくても、神は見ているという事に気付いていないからである。よって、神を愛すると言う事は、誰も見ていない所で、良い事を行う事である。何故なら、あなたの善行を誰も知らなくても、あなたには見えない神が密かに見ておられるからである。人間社会は、悪で成り立っているか。決してそうではない。人間社会は信用で成り立っているのである。信用とは、すなわち、無私の気持ちであり、誰も見ていなくても、正直に行動する事であるからである。あなたの勤める会社も、人間関係も、すべて、信用によって成り立っているのではないか。すなわち、信用とは、見えない神を愛する気持ちと同様の事なのである。神を信じていない悪人も、お互いの商取引きには、相手を信用しているからこそ、取り引きが成立しているのである。この様に、不正と悪がはびこっているこの現代社会においても、ベースは、無私の気持ちで初めて、成り立っているのである。